ブランデーの起源と歴史 後編

お酒の知識

前編ではブランデーがヨーロッパの大西洋岸の貿易を通じて発達し、コニャックがフロイドの乱を契機とした免税政策により一躍隆盛を始めたというところまでをお話ししました。

新大陸に伝わるブランデー

 さて、それより時代を遡り16世紀。ヨーロッパから見た「新大陸」の発見によりオランダ人、スペイン人、フランス人をはじめとしたヨーロッパ人が南北アメリカに続々と進出しました。もちろん、蒸留技術やブドウの木も持ち込まれ、新大陸各地でブランデーが作られるようになるとともに、特にブドウの栽培に適さない土地においてはサトウキビやアガベ、トウモロコシといったその土地ならではの作物を使用した蒸留酒が作られる端緒となりました。この時代においてはイギリスとアメリカの関係に代表されるように、ヨーロッパ列強の宗主国同士が植民地の支配権や王位の継承権をめぐって争い、その戦費を捻出するために植民地に多額の課税をするということがよくありましたが、既存の飲み物としてよく知られるブランデーはしばしばその対象となりました。その課税を逃れるためにラムやテキーラ、バーボンが歴史の舞台裏からひっそりと紡ぎ出されることになったのです。

 そのようにしてブランデーはヨーロッパはもちろん南北アメリカや南アフリカ、オーストラリアなど、イギリスやオランダ、スペインの植民地となった、現代においても優れたワインを生み出す良質なブドウが生育できる各地で作られるようになりました。

ブランデーの代名詞、コニャック

 そうして時を経た19世紀後半、ヨーロッパ全体を揺るがす大事件が起きます。お酒、特にワインを勉強している人には有名な、フィロキセラの害です。詳しくは別に取り上げようと思うのですが、端的に言えば、フィロキセラというブドウの根や葉に寄生する害虫によってヨーロッパ中のブドウが文字通り根こそぎ枯れてしまったのです。「全滅」という表現もよくされます。ワインはもちろん、ブランデーも生産が不可能となり、20世紀に差し掛かるころにようやく対処法が確立され、なんとか生産が可能になりました。しかし、先に述べたようにそれまでにブランデーはヨーロッパ以外にも広まっていたため、ヨーロッパ、とりわけフランスがフィロキセラの害に苦しむ間、名高いブランデーの代名詞となっていた「コニャック」という名称を、外国産ブランデーも名乗るようになってしまいました。それはまずいとコニャック地方の人々はブランド維持のため、コニャックに使われるぶどう畑をの範囲を限定し、製法を規定し、他の地域に「コニャック」の名を使用しないように働きかけました。

 ここからはしばらくコニャックについてのお話になります。まず1909年、コニャックの土壌を1860年から分析した結果に基づき、コニャック生産地の境界線を定めました。さらに1936年にAOC,原産地呼称制度の認証を受け、1938年にコニャック地方の境界線が最終的に決定します。すなわち「グラン・シャンパーニュ」、「プティ・シャンパーニュ」、「ボルドリ」、「ファン・ボア」、「ボン・ボア」、「ボア・ア・テロワール(ボア・ゾディネール)」の6つの生産地域です。

 なお、ここでいう「シャンパーニュ」とは「田舎」を意味する古いフランス語のcampagneに由来し高級スパークリングワインのシャンパーニュchampagneとは別物です。

 使われるブドウ品種は白ブドウに限られ、コロンバール、フォル・ブランシュ、ユニ・ブランというコニャック地方で主に作られる3品種に加え、それぞれ全体の10%までフォリニャン、ジュランソン・ブラン、メスリエ・サン=フランソワ、モンティル、セレクト、セミヨンを混合することができます。単式蒸留器による2回蒸留の後、コニャック地方で作った樽で熟成しなければならないと決められています。

 第二次世界大戦下においてはコニャック地方の大部分がドイツ軍に占領されたものの、それでコニャックが衰退することはなく、戦後の1946年、全国コニャック事務局(BNIC)が設立され、コニャックの生産と国内外の販売が管理されるようになりました。

 そして熟成年数の表記においては1983年に現代とほぼ同じものに制定され、V.S.(Very Special)、またはThree Starsが2年以上(実際の平均熟成年数は4〜7年)、V.S.O.P.(Very Superior Old Pale)またはReserveは4年以上(実際の平均熟成年数は7〜10年)、Napoleonは6年以上(実際の平均熟成年数は12〜15年ほど)、X.O.(Extra Old)は以前はNapoleonと同様でしたが、2018年より10年以上(実際の平均熟成年数は20〜25年ほど)とされています。

 これらはコニャックに限ったもので、アルマニャックは同じ表記でも熟成年数は異なります。さらに、他の国のブランデーも同じ表記をしている場合がありますが、それはその国やその商品独自のものであり、コニャックやアルマニャックと同じ熟成年数を保証するものではないので注意が必要です。

 このようにして、コニャックのブランドがいよいよ確立され、スペインをはじめとした世界各地で作られているものの、ブランデーと言えばまずはコニャック、と言えるようにまでなりました。同時に「高級なお酒」の代名詞ともなりました。20世紀末になると、アメリカではコニャックを含むブランデーが大人気となりました。もともと隣国であるメキシコや中南米にスペインから広まっていたブランデー文化が、アメリカのヒスパニックにも共有されていたところに、コニャックが「成功者の高級酒」としてラップやヒップホップなどの歌詞として登場したことがその要因のひとつと言われています。コニャックのような名高いブランドではないものの、スペインに端を発したラテンアメリカ諸国のブランデーが数百年に渡り人々の生活に広く根付いてきて、技術の進歩により世界が狭くなったことでコニャックなどのヨーロッパのブランドが認識され、改めて高級酒としてブランデーが再発見されたということなのでしょう。

 さて次にアジアに目を向けてみましょう。冒頭で申し上げた通り、日本についてはバブル期に飛ぶように消費されたものの、現在は下火となっています。かわりにスコッチをはじめとするウイスキーが、皆さんもご存知のようにかなりの人気となっています。ではどこでブランデーが売れているかと言えば、やはり中国です。2012年にはそれまで1位だったアメリカ市場を売上金額で上回りました。ウイスキーもそうですが、中国人、特に富裕層は最高級品を好みます。コニャックに比べアルマニャックは内陸にあり流通面で不利なためあまり市場には出回らなかったという経緯はあるものの、もちろん現代には当てはまりません。したがって中国人はコニャックだけでは飽き足らず、高級なアルマニャックも好んで買い、ずっと二番手に甘んじてきたアルマニャックも、最古のブランデーの名に恥じない名声を享受しています。そしてそれだけでなく、オーストラリアをはじめとするフランス以外のブランデーも開拓しているそうです。

これからのブランデー

 最後に、ブランデー界の新しい波についてお話ししたいと思います。これまで見てきたように、ブランデーはスペインあたりからフランス、そしてその他ヨーロッパやラテンアメリカ、その他の国々に広まっていきました。そしてコニャックがその品質と流通力によってブランデーの代名詞的な存在となりました。各地のブランデー生産者もそれに追随するような商品を作ることが多かったです。しかし20世紀末から、とくにアメリカにおいて現地のワイン生産者と協働してカリフォルニアのピノ・ノワールやソーヴィニヨン・ブラン、ジンファンデル、マスカットなどワインに好んで使用される品種を用いてブランデーを製造することも試みられるようになりました。コニャック至上主義一辺倒ではなく、その土地の気候や採れるブドウを生かした小規模で個性的な生産者が現れたということです。最初にアルマニャックが誕生したときのような職人的生産法に回帰したという見方もできそうです。

さらにはコニャック地方においても、ヘネシー、レミーマルタン、マーテル、クルボアジェ、カミュのような大規模生産者ではなく、資金的に恵まれず販路を持てずにいるが野心のある小規模生産者の作るブランデーを委託販売する企業が現れたりと、既存のブランデー像とは異なるボトルが生まれてきています。

 まだ日本では注目はされていませんが、再びブランデーが陽の目を見る日がやってくることを、楽しみに待ちたいと思います。

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