バーとお酒の入門講座

バー初心者の方を対象に、バーならではのマナーや楽しみ方、お酒に関する基本や雑学、豆知識を書いていきたいと思います。バーに興味はあるけれど、何だか最初の一歩が踏み出せない、そういう方の一助になれば幸いです。

ウイスキーバブル・崩壊の序曲・・・??

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 ここ数年気になっていることがあります。

ウイスキー、とくにジャパニーズウイスキーの過熱感。

 もともと生産量の少ないイチローズモルトはもとより山崎、白州、響、余市、宮城峡、竹鶴といったかつての2大ウイスキーメーカーであるサントリーとニッカの旗艦商品、それも限定品は言うに及ばずノンエイジのボトルさえも高騰。

 数年前まであまり知られていなかったマルスウイスキーも駒ヶ岳はすぐに売り切れ。

さらには実績に乏しい(実力に乏しい、ではないと思うが)新興蒸留所の、既存の蒸留所(特にスコッチの蒸留所)に比べればかなり割高な若いウイスキーもすぐに売り切れる状態。ご祝儀相場といえばそれも美しいのかもしれませんが。

 

 正直、コスパを考えれば首をかしげることの方が多い。決してモノが悪いわけではないけれど、希少価値以上に値段が乗っけられている気もして、クオリティを考えればそこまでありがたがるものかというと、どうにも違和感を感じてしまいます。ブームが来る前の価格を知っている身としては尚更です。株価でいうと、ジャパニーズウイスキー株があがるのは結構なことですが、現状は適正価格以上に暴騰しているのではないかということ。もうひとつ別の見方もあるけれど、それはウイスキーそのものとはまた違った内容になるので今回は割愛しようと思います。

 

 さてそんな漠然としたモヤモヤを抱えている中で、ひとつのニュースが飛び込んできました。

 

 

www3.nhk.or.jp

まさかのはんこ会社がウイスキー製造に着手。

 

 先日ジャパニーズウイスキーの規定が定められたばかりで、つまり手抜きの変なものは造れなくなりました。ということは、もしジャパニーズウイスキーを名乗るならば海外から原酒を取り寄せて混ぜて・・・という製造工程を端折るようなことはできません。麦芽や酵母は外国産でも大丈夫ですが、糖化、発酵、蒸留、そして3年以上の熟成、瓶詰めを日本国内で行わなければなりません。

http://www.yoshu.or.jp/statistics_legal/legal/pdf/independence_06.pdf

 つまり製造を始めてから売ってお金を得るまでに最低3年かかるということ。これはウイスキー産業において全ての事業者がぶち当たる壁と言って良いでしょう。歴史的にみてもサントリーは山崎蒸留所のウイスキーがまともに売れるようになるまでに赤玉ポートワインが大ヒットした利益を食い潰し、ニッカはそもそも食い潰すものもないのでリンゴジュースを売って糊口を凌いだわけです。昨今のクラフトウイスキーの値段が少ない熟成年数の割に高いのもまずは目先の利益を回収しなければならないからでしょう。しかも長期熟成させる分は残しつつです。全部売ってしまうわけにはいかない。ウイスキーの法定熟成年数をクリアするまでの間、ジンを売って利益をあげる所も多いです。もちろん今回のはんこの会社もそういった事情を知らないとは思いませんが、それでも「ウイスキーが売れているようだから」と畑違いのものに飛びつくのはどうかと思うのです。はんこ会社を少し調べましたが、やはりウイスキーにもともと何かしらの縁があったとか、そういうことはないようです。

 ※少し話が逸れますが、時代の流れに沿って大幅な方針転換をするのは基本的に良いと思います。ただ、それは
 ・既存のノウハウを生かすもの
   (化学メーカーであった富士フイルムがフィルムの売上激減を受けたあとに化粧品に参入、など)、
  ・畑違いでもこれから来る時代を先取りしたもの
  (花札を作っていた任天堂のファミコン、織機を作っていたトヨタの自動車など)

 が良いのであって、売れているからといって畑違いのものに後乗りはうーむ、という感じです。今年中に投資を回収できる、というサイクルならいいんですけどね。

 

 さて、なぜそれがウイスキーバブルの崩壊などという物騒な発想になるのか。それはかつても似たような現象が起こったからです。

 

 19世紀末、ヨーロッパ全土のブドウ畑がフィロキセラという害虫に襲われ、全滅と言っていいくらいのダメージを負います。ワインもブランデーも全く生産できず、ということです。その影響でスコッチが大人気に。飛ぶように売れるということで新興蒸留所が乱立。1870〜1900年までに、現在も稼働している蒸留所だけでも26もの蒸留所が建てられています。しかしそのうちのかなりの数が、20世紀初頭には稼働停止の憂き目にあっています。

 ウイスキーバブルが崩壊したからです。

理由は以下の記事に詳しいですが、過剰供給と品質の低下。そして蒸留所からウイスキーを買い取る最大手ブレンド会社のパティソンズ社が倒産したことにより、蒸留所が連鎖倒産することになったのです。

www.vagrantbartender.com

  言うまでもなく当時とは時代が違います。ブレンド業者に買い取ってもらうことをアテにして生産しているわけでもないし、現代はシングルモルトとして直接蒸留所の名前を冠して売る方が好まれる傾向にあります。ウイスキー以外に収入源のある蒸留所も多いことでしょう。

 しかしそれでも、人気商品については過剰供給からは程遠い状態とはいえ、新興蒸留所の乱立と、昨今のウイスキーブームに乗っかっただけの商品(見たことありますよね、とりあえず漢字で命名しとけ、地名を付けとけ、みたいな得体のしれないウイスキー)が日増しに多くなっていく現状をみると、人気が下火になるのも時間の問題ではないかと思ってしまいます。品質が良くないものが溢れれば、高品質のものは相対的にまた価値が上がってしまいますからね。転売の問題もあります。欲しいものはやけに高い。安いものはちょっと飲みたくない。そうすると選ぶものがなくなってきて、それなら他のお酒でいいやとなるような気がしないでもないのです。

 そう考えていたところに、はんこ会社がウイスキーを造るというニュース。

私にはこのはんこ会社が靴磨きの少年に見えました。

※靴磨きの少年とは
相場が天井に近いことを示すネタとして昔から挙げられる存在の比喩。
言い伝えとも神話とも事実とも言われていますが、普段株を買うことがないような人(この場合は靴を磨く仕事していた少年、もちろん資金力はそれほど高くない)までが投資に関心をもち、始めようという話をし始める状況を指す有名な話を指します。
すでに十分に株価などが上がりすぎていて、「株をやれば儲かる」という認識が世間に広まっている状態はすでにもう相場はすでに過熱感があり、ピークアウトしていることが多いです。

  この靴磨きの少年の逸話は世界恐慌前夜の話だそうで。私ごときの心配など杞憂に終わればよいのですが、一般消費者の人がウイスキーは高いか不味いかどちらか、みたいに思うような日がこなければ良いなと思っております。