バーとお酒の入門講座

バー初心者の方を対象に、バーならではのマナーや楽しみ方、お酒に関する基本や雑学、豆知識を書いていきたいと思います。バーに興味はあるけれど、何だか最初の一歩が踏み出せない、そういう方の一助になれば幸いです。

旅の記憶⑥Nullarbor Plain

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  いよいよここに差し掛かってしまった、というのが当時抱いた印象と記憶している。アデレードの305km北にあるポートオーガスタを出たら、そこはナラボー平原と呼ばれるエリアに差し掛かる道路。

 いわゆる、「何もないゾーン」である。何もないゾーン故に、この区間の記録は前半のゴールであるパースに到着してから書いているが、約10日分のことを幾分駆け足で書いているので内容は薄い。したがって今回はmixiの日記はナシにして、またしても長々とした手記が残っているので、そちらを載せようと思う。ただし今回は未完。

 何もないとはいっても、本当に何もないわけではなくて、ポートオーガスタから470km進んだところにはセドゥナという街があるが、そこから約1200km先のノースマンまでは村と呼べるところもない。運送業者や旅人のためのロードハウス、キャラバンパークと呼ばれるキャンプ場、給油所を中心とした必要最低限のコミュニティが点在するのみだ(※厳密にはこのセドゥナとノースマンとの間がナラボー平原のエリアであるが、雰囲気的にはポートオーガスタから先がそのエリアという印象)。

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ポートオーガスタからレッドセンターと呼ばれる内陸部を望む。



 いずれにしても、ここからは「都市間をつなぐ道路」ではない。オーストラリアの自家用車での旅といえば必ず話題に上る難所、ナラボー平原。その道程を綴ろうとした手記(未完)が以下。

 ゴールドコーストを出発して以来ここまでは街と街、集落と集落の間隔はそれほど離れていなかった。せいぜい十数キロ程度のもので、その間にも農家であるとか、断続的にではあっても誰かしら人が住んでいる場所を進み続けてきた。しかしナラボー平原からは必ずしもそうではない。集落は点在するもののその間には何もない。永遠に続くかのような真っ直ぐな道と地平線が横たわるばかりだという。
 地平線の向こうまで続く真っ直ぐな一本道。
 バイクに乗る人間なら誰しもが一度は憧れるシチュエーションに違いない。好きなだけスピードを出し、思うがままに風を感じる。日本ではそんなことができる場所は、そうあるもんじゃない。もちろん、ある一定の速度を越えれば風は「バイクならではの爽快感を与えてくれるもの」から、「バイクならではの困難を与えてくれるもの」に姿を変えるということは、これまでの道で充分過ぎるくらい経験してきた。フルフェイスならともかくシールドを付けただけのジェットヘルメットだから尚更だ。それでもそんな経験は今後あるかどうかと考えれば、贅沢な道程なのもしれない。ナラボー平原に差し掛かる手前からその洗礼を受けることになったのは、そんな矢先のことだった。

 ポート・オーガスタはアデレードから三〇〇㎞ほど北上したところにある街で、二つの大きな道路の起点となる交通の要衝だ。オーストラリア中央部をダーウィンまで約二七〇〇㎞に渡って縦断するスチュアート・ハイウェイと、ナラボー平原を約一七〇〇㎞に渡って横断するアイア・ハイウェイがそれで、両方ともほぼ未開の砂漠地帯や荒野といった、基本的には人が住んでいない地域を突っ切る形になるので、気軽に訪れるような場所ではない。誰もが十分な準備を必要とする。僕はこの街でバイクの点検をしてからアイア・ハイウェイに臨むつもりだった。

 街に着き、キャラバンパークを探してバイクで散策していると、遠くに連なる山々が見え、そのどれもが赤く染まっている。夕暮れ時という時間帯のせいだけではなく、明らかに山そのものが赤かった。レッド・センターと呼ばれるオーストラリア中央部。エアーズ・ロックに代表される、開発の進んでいない内陸部の顔。観光客でごった返すゴールドコーストに住んでいた自分にとっては、もっともオーストラリアらしいともいえる風景。言うまでも無くオーストラリア大陸は広大だ。現地人といえども東海岸の都市部に住む人達にとっては、このあたりは普段テレビや写真でしか見ることの出来ない「訪れてみたいところ」なのだ。バイク一日に進む距離は国土の広さからすると僅かなものだったが、それでもこうしてそういったところに近づいてきていたことに、僕は少なからず興奮した。

 さらにその印象を深くしたのが、キャラバンパークの地面だった。辿り着いたキャラバンパークでテントを設営しようとした僕は、申し訳程度に生えている芝生の下には赤土が広がっていることに気がついた。赤土は表面がさらさらしている半面、内部は乾燥して固いので、テント設営のためのペグがなかなか奥まで刺さらない。これまで必要がなかったからペグを打つためのハンマーを持っておらず、代わりにモンキーレンチで叩いてみたがやはり軽すぎるため効果はない。僕は諦めて中途半端に刺さった状態のままにしておいた。

 そんな時に限って、夜は嵐。
雨と風の音で、夜中に目が覚めた。自分の体とバイク以外の所有物は全てテントの中にあるから、その重みでテント自体が吹き飛ばされる心配はなかったが、骨組みが折れるんじゃないかと思うくらい、強く風が吹き荒れていた。中途半端なペグのおかげでテントの屋根があまり強く突っ張られていないのは、風に煽られる時に「遊び」となってむしろ良かったのかもしれない。テントに当たる雨の音が、右から左から、不規則にその向きと強さを変えるのが分かる。不安はなくはないが、それでもやはり昼間に降られるよりは、よっぽどマシかな。それよりも朝になっても止まなかったら厄介だな。寝ぼけた頭でそんなことを考えながら、僕は再び眠りに落ちた。

 翌朝起きたときにはまだ少し雨が降っていたが、時間が経つにつれて止む気配を漂わせるようになった。オーストラリアのほぼ全域で言えることだが、晴れていない日は夏でも肌寒いことがある。日差しの有無は体感温度にかなりの差を与える。そんな中、雨の上がりかけた五月の曇り空の下はかなり寒かったのだが、昼間になれば暖かくなってくれるだろうと思い、僕はアイア・ハイウェイへの第一歩を踏み出すことにした。
 
キャラバンパークを出てすぐのところに交差点がある。右に進むとスチュアート・ハイウェイで、左に進めばアイア・ハイウェイ。左右どちらに進むかでまるで違う方向へ行ってしまう、いわば日本の高速道路のインターチェンジのようなものだが、かたや南北縦断、かたや東西横断の道というスケールを想像して、いよいよかという気持ちになる。どちらに進んでも後に待つのはひたすら続く一本道。僕は左に進路をとり、少しいつもより興奮した状態でスロットルを絞った。
 
 しばらく走ると、イメージ通りの一本道が地平線の向こうにまで延びている。恐らくは誰がイメージしてもそれほどのバリエーションが得られそうにないような、平原の只中に横たわる一筋の道。さて、これがいつまで続くのだろうか。途中で飽きるだろうか。それとも案外楽しいものなのか。僕は未知の体験に想像を膨らませた。
正解はどちらでもなかった。遥か彼方、地平線の上にあるかのように見えていた黒い雲が、だんだんと近づいてくる。それはまもなく僕の頭上にきたかと思うと、雨粒がポツリポツリと落ちてきて、それはやがて量と大きさを増し、ついに大雨になった。
 
 大嵐と言った方がいいかもしれない。空は真っ白。そういうと、普通は上の方だけが白い状態を思い浮かべる。しかし今は違う。自然物・人工物を問わず遮蔽物と呼べるものが何もない状況下では、空が真っ白ということは地平線から上は全て白く見えるということだ。もちろん殴りつける雨の影響でさらに視界は悪く、実際には地平線など見えやしない。真っ白な闇。その中で左右から不規則に吹き付ける風雨に晒されているという感じだ。目の前が真っ白と言うのは大袈裟かもしれないが、説明にはその方が早いかもしれない。不意に風が勢いを増し、バイクが煽られてバランスを失いかける。ヒヤリとした僕は咄嗟にスピードを落とす。九〇キロ。まだ怖い。八〇キロ。これでどうにかいけるかな。
この風の吹き方…昨晩の嵐と同質のものだ。通り過ぎた雲に追いついてしまったということなのかと思ったが、進行方向からそれは違うだろうと判断した。

 対向車が前方からやってくることが、そのヘッドライトによって視認できた。ふと自分のバイクがヘッドライトを点けてないことを思い出し、あわててハイビームを点灯させる。その対向車が飛沫を上げて横を通り過ぎる。飛沫が飛んでくることを覚悟したが、それは避けられたようだった。もし今の車がヘッドライトを点けていなかったらその存在の確認はかなり遅れていただろう。叩きつける雨のせいで音だってあまり聞こえないので突如ふっと前方から現れる、そんな感じにもなりかねない。ましてや通常でもバイクは路上で見落とされがちなのだ。だからどうにかハイビームで自分の存在を対向車にいち早く知らしめる必要があった。

 それにしても、一体何なんだこの雨は。いつまで続くのか。メルボルンまでの道程で降られた雨とは全然違う。風の強さも違えば、視界も悪い。あの時は夜だった。視界も悪いと思ったが、今はもっと悪い。夜より視界の悪い昼なんて、想像だにしなかった。何より違うのが、逃げ道がないということだ。あの時はクラッチも不調であったし、沿道のモーテルに駆け込むという選択肢もあった。しかし今は何もない。Uターンして引き返せば、雨からは逃げられるのか?その保証はない。では停まって休むのは?いつ止むとも知れない雨に打たれ続けることに変わりはない。もちろん屋根のある何かなど、期待する方がおかしい。

 進むしかない。
雨がいつ止むかは分からないが、とにかく進むしかない。最悪、給油を予定しているポイントでは何らかの対策が取れるはずだ。屋根もあるかもしれない。

 さあ、行くぞ。
頭の中で何かが再び弾け、身体が発火した。精神の高揚に任せてヘルメットの中で叫び声をあげる。理性によって呼び起こされていた恐怖感が少しずつ和らいでいくのが分かる。
そうだ。これぐらいでなくちゃ。ゆったりだらだら一本道なんて、どうせ暇に決まってる。旅にはそれ相応の困難がなくては。俺なら、やれる。オーストラリア人を筆頭に、大概の白人なら絶対こんなことやらないな。彼等は逆境に慣れていないからどうにかして逃げ出す方策を考えるに違いない。少なくとも前には進むまい。もちろんそれが間違っているとか、根性なしであるということとは必ずしも結びつかないが、僕はそんなの嫌だ。韓国人はどうかな。恐らく続行だな。彼等に根性論で勝負したら大抵の日本人は負けるような気がするし。特に男は兵役があるもんだから体力・精神力ともに秀でている。女の子もそういう男と対等であるような、いい意味でのしたたかさを持ち合わせていることが多い。殆どのブラジル人はこんなことやりたがらないだろう。でもやるとなればどんな障害があろうとやり通すんだろうな。
頭の中にはなぜかそんなどうでもいい思考が浮かんでくる。

他の国の人たちがどうあれ、進め。
ただ、進め。
文字通り道はそれしかない。

 また突風が吹いた。左側から。ハンドルを操ってどうにか堪えるが、どんどん車体が右側に流されていく。ついにセンターラインを越えて反対車線に踏み込んでしまった。スピードメーターに目をやると一二〇㎞を指している。
おいおいおいおい。僕は少し我に返ってスロットルを戻す。一〇〇㎞を切ったあたりでハンドルの操作が楽になり、反対車線から抜け出すことが出来た。

 いやあ、スピード出すと風の影響を受けやすいって本当だな。六年前に教習所で申し訳程度に体験したシミュレーターの人工的に作られた風では全く実感が無かったが、これは人工的に作られたものでも、遮蔽物によって弱められたものでもない、「生」の風だ。まさか今になって教習所で習ったことを思い出すなんてと苦笑したが、それは正しかった。どんなことでも厳しい状況になればなるほど、基本が重要になる。

 ニーグリップ。膝でタンクをしっかりと挟みこんで車体の安定を図る技術。これも教習所では一番と言って良いほど最初に習う基本中の基本。日本では膝を開きがちに乗るアメリカンタイプのバイクに長く乗っていたからすっかり忘れていたが、この状況で改めて試してみるとその効果には驚いた。自分がバイクの一部になったような、バイクが自分の一部になったような、そんな一体感が生まれるのだ。それまでは風に煽られるバイクを僕がどうにか制御するという感覚だったのが、自分とバイクが重量のあるひとつの塊になったような感覚に変わり、強い風が吹いてもさほど煽られているようには感じない。

 と、ここで執筆が終わっております・・・。書く気力なくなっちゃったんだっけ???

 しかしこれは実はセドゥナまでの470kmの話。
次回はナラボー平原(文字による記録はほとんど残っていないので写真載せます)〜パースに到着するまでをお送りします。

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コテコテの写真。画面半分から上が真っ白になるのを想像してみてください