バーとお酒の入門講座

バー初心者の方を対象に、バーならではのマナーや楽しみ方、お酒に関する基本や雑学、豆知識を書いていきたいと思います。バーに興味はあるけれど、何だか最初の一歩が踏み出せない、そういう方の一助になれば幸いです。

自己紹介Part10〜オーストラリア編②農場生活第一期

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  オーストラリアに渡りゴールドコーストで語学学校とアルバイトを経験。1年で何かを成し遂げることは到底無理だと思った私は、第一次産業に90日以上従事することで得られるセカンドビザ(本来1年のワーキングホリデービザだが、もう一年滞在可能になる)を得るために農場で働くことに。
 職場に選んだのは、ゴールドコーストの日本食レストランで働いていた時に出会った台湾人経営者のファーム。地元の人に聞いても「どこ?それ?」と言われるCoominyaという土地。それでもここは私にとって忘れられない地名のひとつになった。

今回の範囲

ブリスベン内陸部、Coominyaについてから一時帰国を挟んで再びCoominya、その後Gattonを経てゴーストコーストに戻るまでの2006年8月〜12月のお話。

2006年08月17日20:12 「Coominya途中経過」

日本人俺1人VS台湾人15人。
歩合は悪くなし。
一週間で350$はたまりそう。
リアルに天の川が見える。
最寄郵便局OR公衆電話まで徒歩2時間。
ボスの週二回の買い物の時のみネットできるチャンスあり。
こんな感じ。
んではまた。

学び⑥自然相手の単純作業に、何かを見出す。

2006年08月24日20:00「Coominya途中経過2」

えー、農民と化してから2週間。
必要以上に元気です。基本昼夜逆転、休日は時間が惜しいので朝に寝ることもなくそのまま活動して昼夜再逆転…みたいな去年までとはうって変わって

日の出とともに起床
夕暮れと共に仕事を終える
22時過ぎには就寝

みたいな、超健康的な生活してますから。

コンテナの中で台湾人に囲まれて。

仕事自体はなかなか。今のペースが続けば9月中旬に一回GC戻るまでに2000$弱は貯まる皮算用。

二人一組でネクタリンの木の間引きをしてるけど、俺のほうが速いのではっきり云って一人で仕事はやりたい。

でも単純労働してると、かなり妄想族になります。心がどこかに飛んでいきます。

時給制ならともかく歩合制なので手の動きが遅くなるのはいけません。でもある時気づいたのです。

「これは集中力を高めるための訓練になる!!!」

実は俺、ほんっとーーーに集中力ありません。
泣きたくなるくらい。
目移りの激しさは誰にも負けません(苦笑)
そして心の中はそれ以上。

しかし!今、思いがけなくそれを克服するチャンス到来!!
巡ってきたチャンスは逃さねえ!!!

他にも、台湾人とコミュニケーションとるためにあれこれバカやってみたりとか(日本人一人なので怖いものなし)してます。

そんなこんなで、今暮らしている環境には「今までの自分に足りなかったもの」を満たすチャンスがゴロゴロしてるっぽい。

俺が海外に求めていたものの全部じゃないけど、いくつかは確実にここにあると感じることができます。

実はコレってかなり幸せなことなんではないかと。

お金も大事だけど、それ以上に自分を成長させて帰ることができそう。皆に会うのが楽しみです。

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農場の倉庫。この中の・・・

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こんな空間がありまして。ここはキッチンスペース

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コンテナ暮らし。中はこんな感じ。男女共同6人部屋。住めば都!



学び⑦台湾人に借りた(笑)「1リットルの涙」にハマり、
「タイムリミット」を考える

2006年09月07日19:52「星降る秘境Coominya」

えー、タイトルは3割誇張です。

先週ネットした時にはなぜかアトムの日記にコメントするのに妙に時間使ってしまったので自分の日記がかけず(苦笑)。

9/10にいったんゴールドコーストに戻ります。
リターンチケットの手配ができ次第日本に一時帰国します。
目的は実兄の結婚式のためですが、東京でもやるべきことがあるので数日滞在予定。

10/7が結婚式なのでその2、3日後にオーストラリアに戻ります。
あ、それから空き時間を有効に使いたいので日雇いか週単位のバイトあったらやるかも。仙台、東京問わず。

8月末は「1リットルの涙」の台湾海賊版DVD見てました。
去年はゴールデンタイムにドラマなんてありえん生活だったので。
こーいういかにも泣けよ泣けよ的なモノではぜーったい泣かない人間だと思っていたんですが。セカチューとかイマアイとか「?」だったので。

しかし。

最終話でついに涙があふれそうになるのを必死こいて抑えている自分がいました。

沢尻エリカ、やばい。
可愛いだけじゃなくて演技すげー。

陣内孝則とよくしm・・・じゃなくて薬師丸ひろ子もそーとーいい演技をしているが沢尻エリカが引っ張ってる感がありましたな。

で、自分がハマるストーリーの作品(メディア問わず)て、自分の身の周りのほんとに卑近なところまで解釈の範囲を引き寄せられるものなんだけど、この作品の場合はというと…

沢尻エリカ演じる池内亜也(原作者は木藤亜也)は脊髄小脳変性症【脊髄および小脳が次第に萎縮、それに伴い段階的に歩行、発話、身体各部位を動かすことに障害を生じ、最終的には寝たきりあるいは何らかの原因(嚥下障害によって痰をつまらせるなど)で心臓死】という病気になる。有効な治療法はない。

ストーリーは発病から亡くなってしまうまでの10年間のうち15~20歳の5年間を描いたもの。

俺がこの病気を解釈するにあたって
「そうか、できることが少しずつなくなっていって、最終的には死んでしまうのか」
というまとめ方を頭の中でした。

そして次の瞬間はっとした。
「できることが少しずつなくなっていって、最終的に死ぬ」
のは、この難病の人間だけだろうか?

自分が今のように動き、生活できるのはあとどれくらいだろう?
うちの親父は64歳だが、彼が今と同じ生活をしていられるのは、あとどれくらいだろう??

池内亜也に残された時間――歩いていられる時間、まともに会話できる時間、文字を書いていられる時間、生きていられる時間…というのは、彼女だけでなく、その周りの人間にとっても、その状態の彼女といられる「残された時間」だったんだと思う。

俺と、僕の周りの人間の間に残された時間はあとどのくらい??
わからないよね。

だから、絶対に無駄にできない。

そして、

今日のあなたは明日にはいなくなってしまうから、
        今日の僕は今日のあなたを精一杯愛そう。

というこっぱずかしいポエムを思いつく。

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ターバンの怪しげな人が私。
2006年09月11日11:58「流れるよーに」

昨日Coominyaから帰って来ました。

現在はJulien家に居候中。
その癖に一部屋占拠してたりするが。

で、今後の予定はといいますと・・・

明日日本に帰ります

うーん何て落ち着きのない・・・
でも明日の便のチケットがとれたので。
今はリアルに無職なので滞在してても金が減る一方だし!
一日でも早く日本に帰りたい「用事」がありますのでそっこーで帰らせていただきます!

あああ強行日程の為やること多すぎ!!!
2006年09月13日00:40「翔ぶよーに」

3:00 起床
3:50 Julien家からバスでBrisbane Airportへ。
5:15 Brisbane Airport着
・・・いくらなんでも早く着きすぎたが、これより一つ後のバスだと遅すぎるからしょーがねー
9:10 Brisbane Airport発

以下、日本時間

17:00 成田着
18:17 成田エクスプレスで東京へ
19:19 東京着
19:40 東北新幹線にて仙台へ
22:07 仙台着
22:40 実家着

・・・さすがに疲れた

明日からやりたいこといっぱい。
主に消費活動なのがイタイところだが
あ、でもまずは免許の更新が先か・・・

というわけで兄の結婚式のために一時帰国。
オーストラリアでの経験を経た半年ぶりの日本。見え方は結構変わっていました。次の日記はたしか東京の友人に会いに行った後、大学の同期に泊めてもらった時に書いたものだっけか。

決意を新たに

2006年09月27日00:10「負けたくねえ」

東京来て2日。
自分が最も信頼している人間のうち3人にあって近況を聞いた。
皆それぞれ色々抱えているけど、あんたにゃかなわねえなと思う瞬間、やっぱりあります。そしてその一瞬後にはそれが負けたくねえに変わる。
自分だってもっともっと出せる力があるはずだと信じたいが、俺の才能や潜在的な能力がどれほどのものなのかはまだわからない。これに関しては自分を信じて努力をするしかない。
でも一つだけ確信したことがあった。
どれだけ優秀なエンジンでも、外部からの燃料補給を必要とするんだってこと。
燃料の供給源には恵まれすぎてるからほんとがんばんなきゃ!!
テンションあがってきた!
でも寝る!
2006年09月29日21:14「時にはアーシェのように」

仙台に帰ってまいりました。
東京での5日間は思っていたより濃かったなー
午前中は寝てばかりいたけど(A新注;リアル寝る、ですよ)。

俺の計画ではこの一時帰国を境に海外遊学を前半と後半に分けていて、今はまさにハーフタイムといったところ。
そのハーフタイムに気合を入れなおすことが出来てよかった。
つまるところ今の自分はホントに無力だなーと思い知らされただけなんだけど。
だから色んな「力」に対する飢えみたいなもんが本格的に出てきたよ。ゴーマンは百も承知だが、今は人の運命を変えられるくらいの力が欲しいです。

無力って罪だわ、うん。

ずっと崖につかまりつづけてる人間を引っ張り上げるだけの力を持たず、励ますことしかできないのって罪だと思うから。非力な人間に手を差し延べられたところで余計に失望するだけだし。一緒に落ちたところで誰も救われないし。

ハングリー精神を持たずに海外行くほど危険なことはないと再認識。この悔しさは忘れないようにしよう。

 この頃の自分は力を欲していた。大切な人を守れる力。気負っていたと思う。この後オーストラリアに戻って数ヶ月間、この気負いを糧としてがむしゃらに頑張った。だから自分の限界まで頑張れたし、必要なことだったと思う。でも気負いは気負い。やがてそれが自分を苦しめる原因になるなんて、全く思わなかった。
それにしても2020年4月の今現在も、立場や規模は全然違うけど、やっぱり力が欲しい。特定の誰かだけでなく、困ってる人がいたら躊躇なく手を差し伸べられる力が。悔しいなあ。

2006年10月10日23:27「漫喫より愛を込めて」

実は私、既に東京におるとです@新宿。

しかし割と急に3日くらい前に今日東京にくることを決めたため、
誰かに泊めてーん要請をすることが憚られたのでまたしても漫喫をホテル代わりにしている次第でございます。

いつぞやの、というよりむしろこれからも世話になるコンテナ暮らしにくらべれば設備の充実度は勝るとも絶対劣りません。

恐るべし漫喫。
それよりも問題なのは…
明日も飲みだが夜まで予定がないっ
まいったな

☆一時帰国の総括をとりとめもない感じで☆

日本で暇な時間がちょっとでもあるとホント危機感と罪悪感に苛まれるよやべーよ

一時帰国中にもFF12が終わり次第(苦笑)、登録制バイトしてましたがそれでもまだまだサボってる感爆裂。
午前中だけの仕事なんて仕事じゃねえ~
ニートっていつもこんなん?
俺ぜってー無理!!

夕雅にきたお客様の中に、東京都日野市出身の一人旅おねーさま(31歳)がいました。
夕雅のマネージャーが生まれも育ちも隣の八王子ってことで、同じく大学と職場が八王子&日野だった俺と三人で閉店後の店で一緒に飲んでかなーり面白い話(N村S研の裏話とか)を聞くことが出来てなおかつ「君は将来大物になる!」とか言われて良い気分にさせていただいた?のですが、その彼女が帰国後に俺にくれたメールにはこんなことが書いてありました。

>帰国してまだ2週間強しか経っていないというのに、
>すっかり休暇中の記憶が、数年前のようです。。
>たぶんこれは帰国後、変なプレゼンに引っ張られたのが
>引き金で、ゴールドコーストの余韻に浸る場合じゃ
>なくなりました。。(涙) なので、ちょっと意識して
>記憶をたどるようにしてます。なんだか、記憶喪失
>みたいな話で恥ずかしいのですが・・。

俺も似たような感覚にずっと襲われてました。
「夢のような日々」とはまさにこのことを言うのだろう。
日本に帰ってくるとホントに日々の移り変わりの早さを感じたよ。俺も一時帰国時にやりたかったことはほとんどやったけどすべて自分のペースだし、まして変なプレゼンに引っ張られた訳でもなし。

そんな俺でもオーストラリアでの半年間が現実感のない遠い日々に思えるわけ。向こうで知り合った2人と今晩飲んだにも関わらず。
2日後そこに戻ろうとしている今の気持ちも「夢の中に戻る」みたいな感じですごーく不思議。

そりゃーホントに夢だったら、日本社会のパワー&スピードを改めて認識したり、こんな不思議な感覚を抱くこともないだろうから間違いなく貴重な、現実の経験なんだけれども。
そう思ってもなお、ふと自分が半年前のままどこにもいかなかったかのように思えることがありました。「俺向こうで一体何やってたんだろう!?」とゆー反省ちっくなのではなくて。

精神と時の部屋あるいは逆に浦島太郎な感じなのか

よくわからん

自分は間違いなく成長している実感があるし、去年よりずっと強く、何より人間らしくなったかな~???とは思えるけど(ただしまだまだ修行中)、たまに怖くなるよね~

半年前とはまた異なる感じの期待感と使命感みたいなのが、今の俺にはあります。

頑張ってることや努力を人からほめられたことは多々ありますが、他人に

「そこまでやるか!!!!」

と言わしめたことはまだないはず。
それに挑戦したいと思います。

学び⑧「努力」の定義を考える

2006年10月12日10:45「亡命」

浪人時代からずっと思ってることなんだけど…

「後悔先に立たず」

て言葉、ある意味ウソだと思うんだ。

「後悔」ってのは自分の行動(doing nothingも含め)をあとになって悔やむことです。
言葉の意味自体は簡単に言えば「よく考えてから決断、行動しなさい」ってもんだと思うけど、どれだけ頭ひねっても後悔することはある。

それを踏まえてなにをいいたいかっつーと。
後悔すんのはひとえに努力が足りないからだと思う。
人がなんのために努力するかといったら、

「自分で決めたことの正しさを証明しつづけるため」

だと思う。
その決断・判断が正しいかなんてのは決めた時点ではわからない。自分が本当に正しいと思った道であっても100%思い通りとは限らない。他人に道を決められてしまう場合もあるかもしれない。トラブルや予想外の出来事はつきもの。でもそれを乗り越えて自分の「100%思い通り」に近づけることはできる。そのためにこそ「努力」というものがあるのだと思う。

だから、後悔は文字通り後からやってくるものではあるけど、それと同時にリアルタイムで格闘すべきものでもあると思う。

てなわけで愚直に「努力」してまいります。
いってきまーす。

…東アジア情勢がいよいよヤバくなったらいつでもたずねてきてくださいwww

努力に対するこの考え方、今でも同様に思っています。
大きな決断をした時は時に。

2006年11月03日10:49「生存報告」

再びオーストラリアに来てから20日あまり。
空港から直接農場に直行したのでPCに触るのも21日ぶり。
太陽からの殺人光線にも負けずに相も変わらず台湾人に囲まれなんとか生きてます。

しかも私としたことがスーパー禁欲生活。

今現在は農場で休みもらってゴールドコーストにいます。
なんでかってーと世話になったジャパレスのマネージャーが日本に帰るというのでその送別会に出席するためでございます。
しかし!はっきりいって彼に挨拶するために戻って来たので他にやるべきことがあまりなくってヒマヒマであります。
ネットと足を使って今後の為の情報収集でもしよか…

それはそうとオーストラリアに戻ってくるなりいきなりトラブッた
何人かの人には電話で話したけど・・・
こっちに帰って来て現金を100$ほどおろしたら、なんか記憶にあるよりもかなり残高が少ない。銀行で履歴を参照したところ、9月11日に小切手から口座に入金した844$(約8万円相当)がそっくりそのまま9月13日に消えている!!

ちなみにオレが日本に帰ったのは9月12日。
銀行と原因追求していたのだが、どうやらPacFair支店のアホが小切手をなくしたためやむを得ず金額をもとに戻したらしい。おかげでオレは農場主が利用している別の銀行から844$が引落とされていることを証明する書類を今度もっていかなきゃならん。
季節労働のため(果物は待ってくれない)ボスがまともな休みがとれるかわからんのに・・・

そんなこんなで銀行絡みのトラブル第二弾でした。
あ、こないだ初めて便器に流される蛙をみた
そして初めてトラクター運転した

学び⑨学びというか…欧米コンプレックス、なくなる

2006年11月06日10:20「近況報告」

なんか順番違う気がするが農場の様子を。
ちなみにデジカメが御臨終あそばされたので写真は載せられん。ピッキング終わったら修理なり購入なり検討します

相変わらずコンテナ暮らし。今回は台湾人約20人、日本人3人、韓国人1人という構成。
ピッキング行く前にさんざんイチゴだと喧伝していた気もしますが実はネクタリンをとっております。しかし実際に摘む作業は女の子の仕事で、野郎どもはその摘み取られたネクタリンが満載の籠をトラクターで二人一組で回収してまわるのが仕事だったりするんだな!!籠一個30キロくらいかと・・・

・・・腰痛めたorz

だって他のバッパーから来ているガタイの良い野郎共が半日で交代したいとかぬかす仕事を俺2週間続けてましたから!!
大柄なフランス人(27)もかなりの見掛け倒しで弱音ばっかりいってて邪魔だったので私、彼を潰してしまいました。

“You'd better going back to your mother!"

翌日彼は来ませんでしたあはははは

オーストラリアにいてもやること変わらんな俺!!
ジャパレスマネージャー送別会でのバイトのR君によれば、俺は仕事になると人が変わるらしいですが・・
そーでもないよね(元)Mンテの皆さん??特にMO沢の方々・・・
俺なんてまだまだあまーーーーーーーーーーい

そんなこんなで、日本人にありがちな「欧米人、白人というだけで無意識に相手を持ち上げる」ということはなくなりました。オージーも基本的にアレだし。結局は各個人の問題ですなと改めて実感。

そしてなぜか時給UP。ピッキングで。50円相当。
ボスが台湾人で従業員の大半も台湾人なのになぜか俺が指導役。ありえん。
それで気づいたのが、

「言葉は大事だけれど、行動のほうが雄弁だ」

ということ。だって台湾人はボスから直接中国語で指示を受けている。俺はお互い母国語に比べればかなり融通の利かない英語でやりとりをしている。にも関わらず、より仕事を「理解」しているのは俺ということをボスは評価してくれている。ありがたい話です。

言わなきゃわからんヤツ
言ってもわからんヤツ
言わなくても理解するヤツ

色々いますが、言葉によるコミュニケーションが取りにくい相手とアイコンタクトが成立するとかなり気持ちがよい。そのほうが効率いいし。
まあ、英語もちゃんと勉強しますけどね!
しかし気がついたけど、「海外に住んでいる人」ではなくて単純に「外人」と友達になりたいなら日本のほうがよっぽど楽に友達になれるんじゃないかと昨晩気づいてしまったのでした...

さて、そろそろCoominyaに帰ります。
次回更新は3週後くらいかもなー

が、3週間どころか1ヶ月半更新が途切れる。この間はCoominyaよりもさらに内陸に入ったGattonという街を拠点に玉葱の収穫などをしていました。家から片道2時間の車移動で(運転はせずに済んだ)、最初は全く稼げなかった(60ドル/日)けどコツを掴んだら調子のいい時は270ドル/日まで稼げるようになりました。ちなみに属していたエージェントのトップクラス。ライバルは韓国人。どこの農場に言ってもトップクラスに稼げるのは日本人、韓国人、ドイツ人の中の気合の入った奴でしたw

2006年12月23日14:26「ただいま!」

本日午前中にゴールドコーストに帰ってきました!
実はここ一ヶ月間はGattonでたまねぎ剣士してました!
ネットはできたけど日本語使えず・・・
なにはともあれ家を探さなくては!!!
情報求む
ピッキング中のアレコレはそのうちかきまーす
とりあえず帰還報告まで!

学び⑩AWAYをHOMEにしていくのは、楽しい。

2006年12月28日12:40「ピッキングによる天啓①」

タイトルは
「CENTER OF UNIVERSE × Any →優しい歌」
にしたかったんだけど長いからてきとーに別なのにしてみた

「なりたい自分になる」=自己実現、と「なりたい仕事に就く」ということを、どうやら混同していたかもしれない。

大学時代に自己投資的な意味での『遊び』をしなかった(できなかったとは言うまい)俺は、そういう自分を変えるために今までとはまったく違う環境に身をおき、可能な限り日本ではできないことをやってきて、これからもそうしていくけど、感じるのはいつでも変わらない感性だ。

どんな環境に居ても、「自分」はあまり変わらん。
最初は「うげー何ここ!?」と思ってもその場がいつの間にか自分仕様になっている。状況に合わせてちょっと工夫をしていくだけで、常にいつも通りの自分でいることができた。

どこにいても、何をやっていても「変わらない自分」がいる。
そのことは決して否定的な意味ではなくて、常に「俺は俺なんだ」と自信を持てるということ。

AWAYをHOMEにしていくのは、楽しい。

将来希望通りの職に就こうがそうでなかろうが、自ら選んだ道が思い通りのものでなくても、どこにいても、何をしていても、最大限の努力と工夫でもって俺は俺らしく居られるようになった気がする。

「こんなのは俺じゃない」
「今の自分は仮の姿で本当の自分じゃない」

そう思う必要は、きっともうどこにもない。
2006年12月29日16:29「ピッキングによる天啓②」

12月20日のネタ帳より抜粋

3週間くらい前、オニオンの根を切っているときに誤って俺のジーンズの太ももの外側、「ミミ」のすぐそばを鋏でほんの少しだけ切ってしまった。
切った部分はやがて5ミリくらいの小さなほころびとなった。
俺はそのほころびをずっと気にしていた。
膝あたりならともかく、そんな変なところに空いた穴が大きくなっていったら、このジーンズは相当不格好なものになるだろう。
今日もベッドに寝転がってそのほころびを眺めていた。

そして気づいた。
簡単なことだった。

縫えばいいんじゃん。

今ならそんなに目立たない。

寝転がって眺めたまま考え続けた。
きっと全てのことは、そうなのだと。
ほころびが気になったら、大きな穴になる前に縫えばいい。

計画も
仕事も
人と人との関係も
ほころびを気にしてばかりいないで、どうすれば気にならなくなるか考えるのだ。

縫えば、いいんだ。

というわけで一時帰国を挟みつつトータル3ヶ月間の農場生活を終え、それぞれのコミュニティ内でトップと言われる働きをしてゴールドコーストに戻ってきた私。
 ゴールドコーストは観光地で時間がゆったり流れる場所。自然と屈強な外国人(韓国人≒兵役上がり)相手の歩合制で仕事をしてきた人間にとって、元いた世界は正直ぬるま湯に思える環境だった。
 オーストラリアに来てもうすぐ一年。オーストラリアに来たばかりの日本人や、ゴールドコーストにずっといて日本人ばかりとつるんでいる人とは、もう違うステップに進まなければならない。

 そんな自分の成長に対する気負いと、首尾よく人より良い成果で農作業を終えた実績が過信となり、それが2007年の頭から私の足元を薙ぎ払い、上から踏み潰す。

 次回はそんなお話。