バーとお酒の入門講座

バー初心者の方を対象に、バーならではのマナーや楽しみ方、お酒に関する基本や雑学、豆知識を書いていきたいと思います。バーに興味はあるけれど、何だか最初の一歩が踏み出せない、そういう方の一助になれば幸いです。

ウイスキー用語集:「パティソンズ社の倒産」

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 今回はちょっと専門的な内容かもしれません。

 ネットで調べようと「パティソンズ社」でググったら、【もしかして:パーソンズ社】と出るくらいですので。

 パティソンズ社というのは、19世紀の終わりにスコットランドのエディンバラ近郊で急成長したブレンダーの会社で、1898年に起こった倒産がスコッチの蒸留所に大打撃を与えたことで知られています。

 当時はシングルモルトではなく、1853年にアンドリュー・アッシャーによって考案されたブレンデッドウイスキーがいわゆる「普通」のウイスキーでしたし、モルトウイスキーの蒸留所はハイランドに多くありますがその殆どは小規模な個人生産者で、エディンバラやグラスゴー、はたまたイングランドのロンドン方面といった都市部に独自の販路を持つことは困難でした。従って各蒸留所は生産したウイスキーを小売店ではなく、まずはブレンダー会社にほぼ全て卸していたのです。

 つまりブレンダー会社が倒産するということは、買い手がなくなることを意味します。収入ゼロ。しかもウイスキーの生産には売り出すまでに設備投資や人件費をはじめとする巨額の費用がかかります。それができるのも、大口の買い手があると信じていたからこそです。しかしそれが無になってしまう。閉鎖される蒸留所が相次ぐのも無理はありません。

 

 ではなぜそんなことが起こってしまったのか。原因は1870年代からのウイスキーバブルの崩壊です。

 

 これはワインの勉強をするときには必須中の必須項目なのですが、1870年代にフランスを中心とするヨーロッパのブドウ畑がフィロキセラという害虫によって壊滅してしまうという大事件が起こりました。

 当時イギリスを含むヨーロッパの上流階級ではワインはもちろんコニャックなどのブランデーが愛飲されていましたが、ブドウ畑の壊滅によりその生産が全てストップしてしまったのです。端的に言えば「飲むものがなくなった」という訳です。そこでスコッチがその代わりとなり、世界的な蒸留酒として多くの国で認められるようになったのです。

 それでは増産だということで蒸留所の建設ラッシュが起こり、生産競争が激化しました。パティソンズ社も仕入れたウイスキーを製品化して売りさばくべく、設備投資や広告戦略、セールスマンの人件費に莫大な資金を投入していきました。

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 しかし、皆がウイスキーを大量生産したため供給過剰となり価格が下落、投入した資金を回収するまでの売り上げはたたず、また激化する競争に煽られてか、または利益確保のためか、安ウイスキーや然程品質の高くないウイスキーをブレンドして "Fine old Glenlivet" のラベルを貼って高く売っていたなどの行為が明るみとなったことも相まって、パティソンズ社はあっという間に転落したということです。

 前述のようにパティソンズ社の倒産の煽りをうけ、多くの蒸留所が閉鎖や操業停止、または困難な状況に追い込まれました。それを救ったのが、同じバブル期の過当競争に生き残るべくローランドのグレーンウイスキー6社が手を組んで生まれたDistillers Company Limited、通称DCLでした。このDCLはパティソンズ社傘下にあった中小の蒸留所を吸収することで巨大化し、現在まで続くディアジオ社の母体となっています。

 DCLについてはまた別の機会に書ければと思います。