バーとお酒の入門講座

バー初心者の方を対象に、バーならではのマナーや楽しみ方、お酒に関する基本や雑学、豆知識を書いていきたいと思います。バーに興味はあるけれど、何だか最初の一歩が踏み出せない、そういう方の一助になれば幸いです。

アイラ⑥ ラガヴーリン蒸留所

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 Lagavulin ラガヴーリン

エリア: アイラ島
創設年: 1816年
所有者: ディアジオ 社
仕込み水: ソラン川の湧き水

 ラガヴーリンとはゲール語で「水車小屋のあるくぼ地」、あるいは「湿地」のことで、この湿地は何も知らずに踏み込むと腰まで使ってしまい身動きが取れなくなるような大変危険な場所でした。そのために人を寄せ付けず、それを逆手にとってかつて周辺には密造所が10箇所以上あったと言われています。ラガヴーリン蒸留所はそんな中の1816年に建てられました。

 アイラ島南岸にはアードベッグ、ラフロイグとともにこのラガヴーリンが3つ並ぶように建てられていて、「キルダルトン三兄弟」などとも言われたりしますが、その中でもっとも早く人気が出たのがこのラガヴーリンでした。アイラモルトといえばラガヴーリンという時代もあったのですが、今は販売量でラフロイグ、ボウモアの後塵を排することになっています。1980年代の不況時に週2日しか営業できなかった影響と、主力のボトルが他より4〜6年も長い16年熟成ということで、1990年代には原酒不足に陥ってしまい“アイラモルトブーム”に乗り遅れたのが原因と言われています。

 

 また、ラガヴーリンを語る時に欠かせないのがラフロイグ蒸留所との「ご近所トラブル」。実はラフロイグを創業したアレクサンダーとロナルドはラガヴーリンを創業したジョン・ジョンストンの息子。つまり2つの蒸留所は同じ一族によって経営されていました。やがてホワイトホース社のピーター・マッキーが経営をするようになり、ラガヴーリン蒸留所が近隣のウイスキーの販売権を一手に握るようになりました。ところがジョンストン家の最後の血筋で、アメリカでビジネスをしていたイアン・ハンターがアイラ島に戻りラフロイグの販売権を一方的に取り戻したのです。
 それに起こったピーター・マッキーは契約上の問題として訴訟を起こしますが、敗訴。逆にラフロイグ蒸留所への給水を意図的に阻害したとして訴えられてしまいます。

 さらにピーターはラフロイグから職人を引き抜き、同じ形のポットスチル等の設備、レシピ、仕込水を用いたラフロイグのクローンとでもいうべき「モルトミル蒸留所」をラガヴーリンの敷地内に建て、全く同質のウイスキーを製造することでラフロイグを潰しにかかりました。

 しかし、出来上がったウイスキーは、ラフロイグと同じにはなりませんでした。
同じ原料、糖化、発酵のレシピ、同じサイズと形の蒸留釜、蒸留時間、熟成環境、同じ職人・・・これだけ揃えても同じウイスキーにはならなかったのです。

 

 この事実はウイスキーの味の出来を左右するものは一体なんなんかという時に、常に興味深い逸話として今日まで伝えられています。

 

参考文献